雨のち植える

うぇるあめの雑記帳

当ブログは『幻影EP』のみかげちゃんを応援しています【感想】




わ!

『幻影展』に行きました

はるまきごはん氏の個展『幻影展』、初日に行ってきました。

幻影展はボカロP・はるまきごはん氏の作品である『幻影』シリーズにまつわる個展です。
『幻影』シリーズはマルチメディアコンテンツであり、スマホゲーム『幻影AP』、アルバム『幻影EP』、ライブ『幻影LV』の三要素からなります。

3行でわかる『幻影』シリーズの入り方

1. YouTubeでMVを見る(主に『蛍はいなかった』『幻影』『第三の心臓』の三曲)
2. スマホゲーム『幻影AP』を遊ぶ、ブックレット付きアルバム『幻影EP』を入手する
3. ライブ『幻影LV』アーカイブをみる


作品に実空間で触れる機会というのはやはり得難いもので、かなり高揚した気分でじっくりと展示を見回しました。みかげちゃんの直筆ノートとボールペンがあるところが特にヤバかったです。

グッズは個展会場の物販で購入し、アルバムのみタワーレコードに行って入手しました(特典のラグトレインアレンジCD目当て)。渋谷店は売り切れだったので新宿店まではしごしました。


店舗特典です。特別レシートうれしい。



ーーー以下微ネタバレーーー


『幻影EP』ストーリーの所感

ブックレット、全体的にみかげに厳しい内容だったのでつらい思いをして読んでいました。APの方がハッピーエンド風だったから油断していた。

なにぶん色々な種類のネガティブ心理描写が散らばった作品なので、まずは彼女の心理的状況の整理から始めたいと思います。(あくまで自分なりの解釈になります。)

3つの防衛機制

ストーリーにおけるみかげの内面は、常に「幻影」という具体的イメージとの対話で示されています。幻影たちは総じてみかげが克服しがたい心理的ストレスに直面したときに生まれ、その思考を負の方向に導く存在として心の中に立ちはだかります。

一方で、彼女たちが単なる敵ではないこともたびたび示唆されている通りです。幻影は他ならぬみかげ自身のネガティブ思考から発するものであり、環境的になにかと傷つきがちなみかげにとってはストレスの防波堤としての存在意義があります。

ありのままの現実、ありのままの未来は、そもそも誰にとっても耐え難いものです。したがって、人々がそれに対して後ろ向きな防衛本能(防衛機制)を示すこともよくあることです。
みかげの抱える問題の大部分は、この防衛機制が「幻影」を通して過剰に発現してしまうことによります。その具体的な反応は以下のようなものです。

失望からの防衛

忍び寄る絶望をわたしたちは知っている さよなら、愛おしい日々よ(ブックレット)
自分の悪いとこ全部知っている 影法師が先回りする(『第三の心臓』)

幻影たちの行動としてもっとも顕著に表れるのが、何かを期待すること自体を抑制して心に保険を掛けようとする作用です。みかげは根っからのネガティブ傾向ゆえ、自らが抱く希望は常にそれが潰える不安感情と隣り合わせになります。幻影APの音楽探しや『蛍はいなかった』の台詞にみられるスピカへの執着心も、現状が絶たれることへの恐怖と不可分です。

失望や喪失に心が耐えられそうにないとき、そしてそれらが現実味を帯びていると感じられるとき、人は諦念をクッションにすることを選びます。幻影は何よりもまずこの諦念の化身であり、内的対話においては常にみかげの抱く前向きな期待と対立する存在として描かれます。

そしてこうした防衛的心理の優位が決定的になるのが、『仮定した夏』『メサイア』に相当するシーンです。進路(=仮定した夏)の変更によって現状の関係の喪失が決定的となったとき、力を得た幻影たちは本格的に"対話する"存在から"縛る"存在へと変わっていきます。その先に待っているのは逃避と無気力のみであり、それまで曲がりなりに続いていた3人との関係も断絶の危機に陥ることとなります。幻影EPのストーリーとは、期待と不安のジレンマが不安側に崩れていく過程に他なりません。

自己表現からの防衛

あなたはずっと 私の影と遊んでいる(『幻影』)
さよならを言わないのは あなたに見抜かれてしまわないように(『第三の心臓』)

幻影は内側の抑制的な心理としてだけではなく、その結果外部に現れた"仮初めの自己"としての役割も担います。相手にありのままの自分を晒すことに耐えられそうにないので、絶えずその場凌ぎの反応を作り上げているというわけです。
その場凌ぎというとあたかも八方美人的な人格の使い分けをしているように聞こえますが、もちろんそのような器用な振る舞いをするわけではないので、どちらかというと「返答の正解がわからないから何も言わないでおく/お茶を濁しておく」のような拒否的な反応として現れ出ています。
ストーリー上の具体例のひとつは、幻影APのメインにもなっているイヤホンの話です。スピカの「聴いている音楽が知りたい」という軽い投げかけに対し、みかげはその十倍くらいの思考を巡らせた結果全部わかんなくなって返答に困っちゃうわけです。悲哀。

ただし『蛍はいなかった』『幻影』などの歌詞部分から、みかげは別に本心を隠し続けたいわけではなく、むしろ自己を開示することへの切実な希求があることも読み取れます。ここの欲求と恐怖心の対立が、みかげの抱える第二のジレンマです。

体験認識からの防衛

わからない わからない わからない(幻影AP)
わたし 何を見ていたんだっけ(ブックレット)

自己をどう外に表すかの問題とは別に、そもそもその「自己」自体がわからない、という描写も随所に存在します。
人が情緒的な負荷を受けたとき、その影響はたびたび現実認識の不安定さという形で現れます。すなわち、自分の思考や感情といった主観的な体験が不安ゆえ無意識に追いやられてしまい、漠然とした認識のまま統合されないということです。みかげの抱く疑問の裏にも、実のところ自身によるこうした排斥が起こっているのではないかと思います。

とくに人間関係は不確定要素が強いゆえに、人が現実を検討することを心理的に困難にさせがちです。しかし認識が漠然としていればしているほど自分の感情を言語化することは難しくなり、したがって相手に理解してもらうことも難しくなります。また、そこに被害的な観念が入り込む余地も大きくなってしまいます。
きわめて断片的な「暖房 雪遊び 新しい音楽 みかげ」の台詞も、ただ単に口下手であるというより、そもそも自己の苦痛を語るべき言葉を十分に作り上げられていないことの表れでもありそうです。


つまるところ、この作品の「幻影」というテーマが示すものは、とりもなおさず不安からくるさまざまなジレンマとの闘いです。
これは現実におけるごく一般的なテーマでもあります。われわれは常に正の解釈と負の解釈をせめぎ合わせて認識のバランスをとる生き物であり、脳内にそれぞれの担い手を飼うことで日々を過ごしています。なればこそ、ここで描かれる幻影たちも、ただの他人事を超えて多くの人に共感の糸を引きます。

ラストシーンについて

ブックレットのラストシーンはやや解釈が難しいですが、少なくとも表層ほどハッピーな終わり方ではないことは描写から明らかです。それどころか、みかげの根本的困難に何らかの緩和があったのかどうかすら怪しいところがあります。
ゆうひの"連れ出し"はあくまで物理的な枷の切断であって、幻影そのものの死を意味しません。みかげの悩みの根深さに対して、短いストーリーですべての解決を望むのはどだい無理な話、ということでしょう。

アルバムの前半締めくくりもこれに呼応するように、『Phantom Spring』『Desdemona』(+『運命』)という陰鬱な楽曲群で構成されます。実質的には『Desdemona』がエンディング曲とみていいでしょう。これはインスト曲であり明確なメッセージを持ちませんが、その曲名や曲調からはいくばくかの情報を得ることができます。
Desdemona(デズデモーナ)は人名であり、かのシェイクスピアの四大悲劇のひとつ『オセロー』のヒロインです。彼女は父の厳しい反対を振り切って主人公の将軍オセローと結ばれるも、部下の策略でその関係を引き裂かれ、最終的には誤解で狂ったオセローによって手にかけられることとなります。
こう書いてみると、そこに最後のシーンと重なり合う部分を否が応でも見出さずにはいられません。たしかにみかげはスピカに対する障壁をひとつ取っ払えたのだとは思いますし、絡まる蔦が二人分存在することもある種の象徴として読み取れます。しかし、『Desdemona』の静謐な曲調はその未来に暗い影の存在を暗示します。

これからについて

忍び寄る絶望感がもはや無視できなくなったとき、われわれはその思考に打ち克つか、ここではない空想に希望を委ねるか、あるいはすべての価値を壊し超人への道を歩むかを選ばなければいけません。『第三の心臓』はこの二番目の選択肢にあたります。
極論はどれをとっても概ね生きていけるというか、現実世界では2や3をエネルギーにする人もそこそこいると思うのですが、作中におけるみかげの深層心理はあくまでも常に幸福(光)を求め続けています。となれば、やはりその心理を救済する手立ては恐怖の段階的克服をおいて他にありません。

バッドエンドを拒絶するため、最後にじゃあどうすりゃいいんだという部分を自分なりの具体的内容に落とし込んでこの記事を終わりにしたいと思います。

日記は書き続けていてほしい

みかげが日記をつけているという情報は、幻影APによってはじめて明らかになりました。個人的にこの習慣は続けてくれたらうれしいと思っています。ひとつは自分の感情と向き合いはっきりと認識するため、ひとつは今ある幸せや期待を残しておくため、ひとつは苦痛を言語化して和らげるため、ひとつは筆記という思考よりも遅い方法を通すことで幻影の介入を抑えつけるためです。

ゆうひの存在は大切にしてほしい

人付き合いに困難を抱えるみかげにとって、ゆうひは心理的安全性の保たれた貴重な存在です。突っ込んだ事情にも対等に理解を示してくれる友人ですし、追い詰められたときにもここに話せる相手がいるという事実は大事にしてほしいなと思っています。うららも安全なのかもしれませんがスヤスヤすぎてよくわからないです。

「考えすぎる体質」とうまく付き合うすべに出会ってほしい

不安や防衛心理というものは、ある意味では普通の人が深く考えないようなところまで思考が侵入してしまう結果起こるものという感じがします。これに対して「深く考えすぎるな」とアドバイスするのは最も単純ですが、それを言ったところで直ちに何か変わるわけではありません(『幻影』でも"そんな賢明に出来てはない"と直接否定しています)。
僕としてはまず、「考えすぎてしまうところ」はかなりの部分まで肯定したいです*1。不明なものへの問いかけはいずれ誰にも訪れる人間の本能であって、同時に新たな価値を生み出す美徳でもあるからです。

結構身も蓋もないことを言うのですが、みかげの孤独感の一因って他のメインメンバーの中にこの心性の共有相手がいないことにもある気がします。スピカもゆうひもいわゆる内省的な部分に深入りするタイプではないので、その根本的なギャップが「自己を開示するのが怖い」という不安の正体の一つなのかもしれません。もっとも、2人の心性はその強固な受容力と表裏一体であって、そういう意味ではみかげと相性がいいといえばいいのですが。

素朴な言い方になりますが、自分のほかにも同じ悩みを持つ人がいることは実感として知っておくべきだと思います。生身の相手に限らず、音楽や文学とかでもいいです。他者へのシンパシーは孤独を和らげる何よりの薬になります。
いずれ自己の不安が生み出す問題を克服しなければいけないとしても、それは自分の心性を俯瞰的に受容することから始まるのであって、無理に排斥することではないはずです。彼女が自分の幻影をうまく受け入れる日が来ることを願ってやみません。


思いあまって別世界の相手にめちゃくちゃ指示する人になってしまいました。結局はすべて彼女とその周りの人が決めていくことなので、あとはライブをゆっくりと待ちます。


6/25追記:ライブ、とても良かった……!今回のEPとはまた少し違う形でストーリーが描かれており、さらには「つづく」の3文字も確認できたので、ほっと胸をなでおろす思いです。いずれアーカイブムービー出るそうなので観られなかった方はぜひ……!

ライブ内容を受けてさらに考えなければいけないと思った点:
・(外面としての)幻影の各個体に存在する、使い捨て的な死の概念。
・ゆうひの連れ出しが、みかげ-幻影の関係性という心の深い部分にもたらしたもの。
・EP「同じドアをくぐれなくてごめん」のドアの示すものと、そこにあるスピカの気づき。

EX.各楽曲の感想

幻影:話が一気に内面に閉じこもる曲です。メランコリックなテーマにバックの残響感とボカロの歌声の持つ冷たさがうまくマッチしててめっちゃ癖になります。BメロCメロだけ一瞬雰囲気変わるのズルいです。
蛍はいなかった:シリーズで一番明るい曲です。どれか一番お気に入りの曲を上げるとすれば間違いなくこれです(ちなみにはるまきごはん氏を知ったきっかけもこの曲がおすすめに出てきたからです)。宿泊旅行の夜というのは人生で一番綺麗な瞬間のひとつといっても過言ではないので、それが映像美と後半の盛り上がりでドラマチックに描き広げられていくのがたまらないです。ロケハンに感謝。
仮定した夏:これもめちゃめちゃ好きです。すごくテンポの良い曲なんですけど、それゆえに落ち着くところがなく、じめっと心が追われる情景が伝わってきます。つらい。「切り取って」と「貼って」はやっぱりクリップボードとかのイメージなんですかね。
メサイア:聴けば聴くほど独特な音とリズム感が頭に残る曲です。これがひとときの幸福をテーマにした楽曲であるという辺りに何とも言えない複雑さがあります。しあわせになってもろて……。
みかげ日記:しっとりピアノ曲があって嬉しい。アルバム内の貴重なやすらぎポイントかもしれません。「晴れのち曇り夢」の7文字の天気にいろいろなものが詰まっていて切ない。
第三の心臓:音が良すぎる。桜道も綺麗すぎる。MVの時点ではかなり難解な部分が多いというのが率直な感想だったので、EPの流れの中ですべてを理解らされてワッ……!になりました。
Phantom Springクロスフェード時点から一番楽しみにしてました。リズムも雰囲気もあからさまに混濁していて一気に引きつけられる曲です。思考が絶えずぐるぐるする苦衷は察するに余りあります。
Desdemonaアンビエントすき。少ない音数の生み出す空洞感が沁みわたります。単純にインスト曲好きなのでこういう施しは嬉しいです。いや展開的には嬉しくないです。
運命:超理想コラボ曲。「いくぞ!ツインギターだ!」「うおおおおお」のイメージが一番強いです。"夢"というまさに得意中の得意であろうテーマに煮ル果実さんの歪みが加わったことで、底知れぬ不思議なパワーを感じます。
霞がついてくる:お情への提供曲だ!ボカロ版の歌声でも節々にその優しさが滲み出てます。あったかい曲。
アイロスト(2022Remaster):これも良い。徹頭徹尾無機質な編曲が非常に好みです。恥ずかしながら初見の曲だったので、ニコニコの方の過去作もいずれ漁りたい。

*1:したいですというより、するほかないです。僕の言う"応援"に少なからぬ運命共同体的なまなざしが入っていることを、最後に正直に告白しておきます。